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Joel's Stop Smoking Library

決してその一服を吸わないで - Never Take Another Puff




「私は喫煙者です!」




25年前に私は喫煙者ですというのは自分が魅力的で、洗練されており、大人で知的だと示すことでした。ただ、タバコに火をつけるという習慣・・・ほとんどの工業国では男性の半分以上、女性の三分の一以上の人が行うことをやっている行動…を持っているということでした。しかし時代は変わりました! 現在喫煙者であるということは古代にハンセン病であったように人気のあることだと感じさせることでしょう。喫煙は25年間の間に、問題なく受け入れられ、むしろ望ましい習慣から社会的に受け入れられない、堕落した行いへと変わったのです。

しかし喫煙は習慣以上の意味を持つものです…中毒ですから。喫煙者であるということは薬物依存患者と同義語なのです。このことは沢山の問題を引き起こします。喫煙者は選択の結果喫煙をしているのではありません、彼または彼女は喫煙をしないではいられないのです。ある一定の時間で喫煙者は喫煙をしなくてはならないのです。もし吸えないと彼または彼女は離脱症状を経験します。このことは25年前にはなんら問題を生じませんでした。喫煙者は家庭で、職場で、レストランで、病院で、クリニックで、実際どこでもいつでも欲するところでタバコを吸うことができたのです。タバコは依存症患者にとっては完璧な薬物でした。喫煙者が離脱症状を感じる唯一の時は不注意だった時です…例えば真夜中にタバコが切れたとか…しかしそんなことは頻繁に起こることではありません。

しかし時代の経過に伴い喫煙者が彼または彼女の「処方」をする場所にどんどん規制が加わりました。最初その規制は過激な家族や友人から強制されました。喫煙者がタバコを吸う自由を規制することはあまり誉められたことではないと喫煙者さらには非喫煙者からも思われていました。

そして、受動喫煙の害が論点になってきました。非喫煙者への健康被害が明らかになるにつれ、喫煙反対の勢力は煙の無い環境への権利を有するという主張への強力な弾薬を手に入れました。多くの人が家庭での喫煙を禁止しました。そして小さな自治体、州全体が公共の場所でのタバコ禁止場所を設置し始めました。しかし、最大の脅威は公共の場所での喫煙への規制ではありませんでした。喫煙者はそういう場所を避けたり、そこで過ごす時間を限定することができました。

最も新しく大きな脅威はごくありふれた現実となってきました。禁煙ルールは喫煙者が長時間過ごさざるを得ない場所に実施されつつあるのです…彼または彼女が働く会社です。ある雇用主は人の訪れない場所に彼または彼女が休憩時間にタバコを吸う場所を提供しています。しかし他の会社では敷地内の喫煙を完全に禁止しています。このことは毎日8時間のタバコ無しの問題を生み出します。喫煙者はそのような規則を逃れるために職場を変わりたいと思うかもしれませんが、移った会社が同じようぬな施策を強制しないという保証はありません。

こんにち喫煙者にとって長期に渡る断煙状態は生活の一部になっています。喫煙は家庭で
集まりで、新しい禁煙ポリシーにより職場でさえも、いざこざの種なのです。どういう形でこれは終結するのでしょうか? 単純な事実は、喫煙者にとって終わりは無いということです。喫煙はあらゆる生活の局面で妨げになるのですから、全ての喫煙者は彼または彼女自身に同じ質問を問いかけるべきです、「喫煙はそれだけの価値がありますか?」 もし価値が無いと思うのだったら、もう一服を決してしないで下さい。

翻訳:西田季彦

© Joel Spitzer 1987






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